2006年04月23日

「正論」というクセモノ

今日、全国から社員が集まる会議があり、久しぶりにFさんという人にあった。
Fさんは30才くらいの男性で、私はFさんの姿勢が良いところとか、はっきりしたものいいにとても好感をもっていた。
今日も会って嬉しかったので挨拶をした。

ところが、態度がそっけないのである。
気のせいかなと思ったが、一日接してみて、多分気のせいではないと確信した。
そして私には思い当たることが一つあった。

Fさんとはあるプロジェクトで一緒に仕事をしていて、
2ヶ月ほど前にも一緒に会議をした。

そのとき、Fさんがある発言の流れで「この会議に参加するのは、つまらないんです」と言った。
一瞬、場の空気が凍りつき、シーンとなった。

私はそういう正直モードが好きなので「Fさん、よく言ったなあ。これはオモシロクなってきたぞ」と思った。
司会役のリーダーはその発言を聞き流して次に進めようとしたので、私は思わず突っ込んだ。

「Fさん、忙しいなか、遠方から飛んでくる大変さは分かりますが、なぜつまらないと感じるんですか?」

Fさんの回答は、はっきり思い出せないが、なにかモゴモゴと言った。
・・・そこで私は思わず言っちゃったのだ。

「つまらないのなら、自分でオモシロクしていかないと」

Fさんの顔が固まり、内心「しまった」と思った。
そして案の定、Fさんはそこから発言をしなくなってしまった。

Fさんは優秀な人なので、自分がどうすべきかはきっと分かっていたはずだ。
その上で、あの場では自分がそう感じているということをリーダーに伝えたかっただけなのだろう。
サインとして。

それなのに私は、正論をぶつけて彼の立場をなくしてしまった。
「言われる相手の立場を考える」思いやりが、スッポリ抜けていた。
会議的にも、コミュニケーション的にも大失敗。
ああ、やってしまった。

「正論」というのはクセモノで、いくら正しくても人はそれだけでは動かない。
現に私はFさんを元気づけるどころか、凹ませてしまった。

大反省である。Fさんの態度はつらいが、甘んじて受けようと思う。
この教訓を忘れないために。
Fさんにはいつか例の会議でのことを謝りたいけど、数ヶ月に一回しか会わない人だし、そのときには忘れてるだろうな。

本当に人との出会いは一期一会。その一瞬が勝負なのだ。
挽回のチャンスが次にめぐってくる保証はない。

私はちょっと仕事が順調に進むと、すぐに調子にのってしまう。
今回の失敗は痛い。
痛いが、謙虚さと思いやりの大切さを教えてくれた授業料だと思うことにする。

posted by Kokoro at 00:00| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ひとつのプロジェクトがあって
それを推し進めようとするならば、
会議の中での正論での指摘、それはアリだと思う。
僕的には賛成だ。

ただ、できれば
「正論での指摘」の後の、
「相手の立場に立ったメッセージ」とセットで使う。

会議の最中がベストだけど、難しい場合もある。
終わってからでもいいから、セットで使う。

大事なことは、
フォローはやっぱり早いほうがいいということ。

僕のよくあるパターンは、
会議の直後、休憩室でコーヒーを飲みながら
フォローを入れるケース。

「かみついちゃいました。ははは。」みたいな。
「いや〜実はね・・・」相手からも本音が出てくる。

決して正論で指摘すること自体が悪いのではない。
正論とフォロー、会議のONとOFFは、セットでいこう。
Posted by Riho at 2006年04月27日 02:12
Rihoさん、コメントありがとうございました。
おっしゃるとおりですね。
「フォロー」と「正論」はワンセットで、と肝に命じておきます。

ところで、「フォロー」のない「正論」って、「投げっぱなしジャーマン」みたいなものだと思いませんか?(思わないですよね)

これからもちょくちょくアドバイスください。
コメント楽しみにしています。
Posted by Aiko at 2006年04月27日 23:41
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